子供に喘息のことをどう話すか? その3
2005 / 10 / 10 ( Mon )
「小児喘息は思春期までに一定数が緩解しますが、成人になってから再発する可能性も残しています。もちろん、思春期になっても治らない場合もある訳です。ですから現在においては、「話さないこと」が「良かった」という結論には、なりにくいのではないかと思います。」「我が家の長男には喘息の服薬を「歯磨き」や「うがい・手洗い」とセットで教えていました。」「告知も人それぞれだと思うのです。喘息といわれて萎縮せず、バネにしていける子かどうか、それを判断できるのは親だと思います。またそれぞれの家庭の方針だとも思います。」

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投稿者:yulanさん 投稿日:2005/10/10(Mon) 23:57 No.1128

こんばんわ。
「喘息ということをどう話すか」と言うことで、盛りあがって(?)ましたね。うちはまだまだ自我の芽生えの第2期なので・・・・これからの課題ですね。ぜひ先輩方のお話をお聞きしたいです。
ですが、この話をするにあたって、まずは、「時代が違う」ということを頭に入れておいた方が良いのではないかと思います。

それは、患者数も違えば、治療法も違い、環境も違う、と言うことです。
アレルギー疾患(小児喘息、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーその他)は既に子どもの3人に2人は持つと言われるほど、広がりを見せています。うちの子だけが特別な病気、なのではなく、子どもたち全体の問題になってきているのです。
昔は「発作が起こった時に薬で抑える」という治療でした。しかし現在では「発作を起こさない」というのが第一になっています。それは予防薬を飲むということでもあり、家庭内や子どもの存在する環境を維持しなければならないと言うことでもあります。
そんな、時代と治療の変化と患者増の中にあって、学校(や園)は、依然として古い知識と苦しい環境(先生、予算が足りないという)にあり、それを変えていくことが必要になってくるのです。そうしなければ、子どもを守れないというのが現状なんですね。

小児喘息、というのは確かに一つの病名ですが、その子自体の特殊性とか、特異性などとは違うと思います。さくらさんの言われるように「個性」と認識できたら良いですよね。

世の中、健常者だけが存在するのではありません。実にさまざまな「個性」を持って、みんな生きているのです。そんな個性の一つ、なんですよね。そんな「個性」を排除したがる風潮にあって、この患者増は、一つの警告、というか一里塚、と言うか、重要な意味があるのだと私は感じています。

 小学校では、特殊学級が無くなり、自校式の給食が無くなり、学童保育が無くなり、中学校が小中一貫校になり、公立高校が定員を減らし・・・・子どもを取り巻く環境は厳しくなるばかりです。個性を大切にしたり、学ぶ楽しさを保証し、人格形成の土台を保証するような環境では無くなってきているのが現実です。
しかし、アレルギー性疾患の増加は、「一人一人の状態把握を確実に」することを、学校(園)に求めます。自校方式の給食と管理栄養士の存在は、アレルギー疾患には欠かせません。特殊学級が無くなって、より個性豊かな子どもたちを見なければならないとすれば、少人数学級は当然必要になってきます。(もちろん、特殊学級よりも少人数学級で過ごせればその方が良いのです)当県では、学童保育が無くなり、子どもセンターでそのシステムを担うようになってきていますが、安全確保のために必要なのは、各校ごとの学童保育と専任の先生の存在です。(子どもセンターに移行し、専任の先生のいない市では、転落を含む重大な事故も複数起きています)
こういった「個性をはぐくみ、まもる」という、当たり前の環境を、子どもたちは求めているんじゃないでしょうか。アレルギー疾患を作り出してきたのは大人たちなのに、苦しんでいるのは子どもたち。その「因」と「果」の狭間に当たるのが、今の私たちの世代なのかな〜と。

ここまでが「時代が違う」って話。 では「どう告知するか」ということに戻します。

 子どもは、一人の個人であり、いつかは親の手を離れて独り立ちする存在です。小児喘息は思春期までに一定数が緩解しますが、成人になってから再発する可能性も残しています。もちろん、思春期になっても治らない場合もある訳です。ですから現在においては、「話さないこと」が「良かった」という結論には、なりにくいのではないかと思います。
 子どもには「自分の病名を知り」「対処法を知り」「治療法を選択する」権利があるのです。小学校中学年〜高学年、中学校や高校生、それぞれに反抗期がありますが、その時に「自分の身体を知り、対処法を知り、それを取る自分。自分自身の存在は大切なんだ」だということを教えられなかったら、思春期の危機(コントロールが悪く、死亡例が多いのはこの頃なので)を乗り越えられないのではないかな、と思うのですよ。

 我が家の場合のように、上はアレルギー疾患のカケラも無く、下の子だけ喘息と食物アレルギー(今は卵)、という場合には、3歳と1歳でも「お互いに違う」という認識がありますよ。保育園でも喘息やアトピーや食物アレルギーの子が少なくないですから、そのうち病名と症状、対処法がつながってくると思います。もちろん、病名を伏せようとも思いませんが、それは私が「知らないことは余計な不安を招く」と思っているからです。
 治療法もあり、積極的に治療に参加することが求められた時、正しい知識と予後に対する見通しが立つこと程、患者を前向きにすることはないのではないかと思うのです。(これは親も一緒ですよね)ですから、子どもたちに「自分の身体を知り、対処法を知る」ことを求めることは、酷でも何でもなく、むしろ、自分の身体に責任を持つ、自分の身体の声を聞き逃さない、というとても大切なことを教えられることなんだと思います。もちろん、みんないろいろな「個性」を持っているということを、学ぶ貴重な場でもありますよね。

で、ウチの場合、どう告知するかですが。(なかなか本題に入りませんね)
 「あなたは喘息なのよ」
 「が〜ん!」
ってなことには、ならないですね〜。だって、散々入院を繰り返し、園にもその仲間がいて、「あら、喘息良くなったの〜?良かったわね」なんてのは日常茶飯事。誰でも病名が分かっちゃいます。
 薬を、毎日飲ませるのも、生後6ヶ月から飲んでますから、全く違和感なし。園では飲まないように朝晩にしてますし。お姉ちゃんのほうが「お薬良いな〜(うらやましい)」ってな感じです。
最近は粉のままスプーンに乗せて、口に投入!お水を飲んでゴックン!なんてことも出来るようになりましたね。吸入は嫌がりますが、途中で観念して静かになりますしねえ。

 これから先、自我がめきめきと芽生えると思うのですが、その時々の理解度に合わせて説明するしかないですよね。でも「他人と違う」っていう事ではなく、それぞれが乗り越えなきゃいけないハードルがあって、その一つなんだって事が分かってもらえたら良いなって思います。
 こんな悠長なことを言ってるのは、毎日患者さんの中で仕事してるからかな〜?健康な人って同僚か家族ぐらいだもんね〜・・・・・

読みにくいのに毎回読んで下さる皆さん、すみません・・・・




投稿者:肩こり母さんさん 投稿日:2005/10/11(Tue) 00:51 No.1132

ひろしさん、さくらさん、こんばんは。
我が家の長男には喘息の服薬を「歯磨き」や「うがい・手洗い」とセットで教えていました。
虫歯になって痛い思いをしたくないから、歯磨き粉をつけて丁寧に朝晩磨く。風邪をひいて熱がでて苦しまないためにうがい薬でうがいをして、石鹸でばい菌を洗い流す。喘息発作で苦しくならないために薬を飲む(吸入する)。みんなどれも元気に遊ぶために必要な事だよ、と・・。
ある程度大きくなると「どうして僕だけ喘息なの」と聞いてきた事があります。その時は私も答えに詰まってしまいました。「喘息って言葉をみると涙が出てくる」とも言われた事もあります。「ごめんね」って言うしかない私に代わって夫が「パパは胃腸が弱くて(胃潰瘍・十二指腸潰瘍持ちでずっと薬を飲んでいる)おまけに超ド近眼だよ。ママは偏頭痛持ちで時々寝込んでるよ。でも普通の人だよ。楽しく生活してるよ。そうだろ?喘息だって同じだよ。」と答えてくれました。
果たして納得してくれたのかは定かではありませんが、今では将来は医療関係か薬の開発者になりたいと言っています。彼いわく「喘息の苦しみは喘息の人にしか解らないから、喘息のために俺が何かしたい」のだそうです。
彼は彼なりに乗り越えようとしているんでしょうね。
まとまりのない文章になってしまいました^^;

次男は長男を見ているので喘息をすんなり受け止めて、何のためらいもなく薬も飲んでいます。
皆様のお宅ではいかがですか?




投稿者:肩こり母さんさん 投稿日:2005/10/11(Tue) 01:30 No.1133

yulanさん、いつも楽しみに読ませていただいております。
投稿したらyulanさんのレスが前に入っていたので追加でまた投稿してしまいました。
「時代が違う」のお話、とっても頷いてしまいました。今は予防の時代なんですよね。長男は小1まで、発作を一時的に鎮めるだけの治療をずるずると続けたために、かなりこじれてしまった経験があります。医師からは喘息とは告げられないままでした。
あの時、はっきりと喘息と告げられていたら・・喘息治療が予防中心だったら・・と悔やんでしまっています。
夜間救急で診察していただいた医師に「本当に今まで喘息だって言われた事ないの?お薬手帳を見ると、喘息の薬がずっと出てるよ」といわれ、愕然としました。
どうして足並みのそろった医療は存在しないのでしょうか。今も発作をおさえるだけの医師がいれば、発作を起こさないレベルまで予防する医師もいる。喘息の薬を出しながら、喘息とは告げない医師もいる・・。
yulanさん、どう思われますか?
横レス、すみませんm(__)m




投稿者:ベスコさん 投稿日:2005/10/11(Tue) 11:04 No.1137

ひろしさん、さくらさん、皆様こんにちは。
我が家の喘息ぼっちゃんはまだ1歳10ヶ月です。なのでまだ「喘息」について我が子に語り聞かせる時期ではないので、皆様のご意見とても参考になりました。

yulanさんのおっしゃるとおり、喘息の治療は一昔前とはまったく違います。ですから私の両親なんかは1歳児が吸入して薬飲んでテープ貼って・・・ってだけで「重症なの!?」と大騒ぎします。でも、「発作を起こさせないための治療」なのであって、お蔭様でこの秋小発作を3回起こしただけで済んでいます
経過はよくても日常のイベント(内服、吸入ステロイド、インタールの吸入、ホクナリンテープ貼り)は多いので1歳児とはいえ遊び感覚ではやってくれないこともあります。また喘息持ちでない双子の姉(ぐり)が弟(ぐら)だけ特別扱いだ!と焼きもちやいたりテープを剥がしてしまったりすることもあります。ですから、我が家では今の時点では「ぐらの咳コンコンを治すお薬なんだよ」と言い聞かせています。これだけですが、1歳半過ぎからは言い聞かせれば納得?して言うことを聞いてくれているような気がします。

子供を保育園に預けていますと特に持病のない子でも3歳未満のうちはさまざまな病気をもらってきまして風邪でお薬飲んだり、お休みしたり、こじらせると入院する子までいます。
また、実感としてクラスのお友達にもホクナリンテープを貼っている子が数名いて、喘息の子供は増えている(というか皆ちゃんと予防的に治療を受けている)ように思います。

話は少しズレますが、「ガンの告知」これも人それぞれですよね。ガンと聞いてかえって今をよりよく生きようとできる人、聞いたことによって落ち込んで自殺してしまう人、また家族が告知を希望しない人・・・喘息はガンとはまったくちがう病気ですが、人によっては命を落とすし一生のお付き合いをしなくてはならない人もいる・・・ですから告知も人それぞれだと思うのです。喘息といわれて萎縮せず、バネにしていける子かどうか、それを判断できるのは親だと思います。またそれぞれの家庭の方針だとも思います。
喘息の薬をずっと処方しながら喘息の「ぜ」の字も言わなかった医師もどうかと思いますが、処方された薬、治療方針について勉強したり疑問を持ったりするのもこれからの患者には必要なことなんですね。

なかなかむずかしいですね。長くなってすみません。




投稿者:ひろし 投稿日:2005/10/11(Tue) 20:33 No.1139

yulanさん、いつもじっくりくり返し読ませていただいています。
一行一行、読むたびに目を閉じ、考えさせられることばかりです。

肩こり母さんさん、いつも実にうまい生活術をあみだされて、やられっぱなしの感じです。
「歯磨き」や「うがい・手洗い」とのセットというのは、言葉以上にとても意味が深く、子供とのコミュニケーションの仕方としても実に巧みと感心するばかりです。

ベスコさん、「ガンの告知」の例、話はズレていないと思います。
親の責任の重さを、あらためて思いなおしました。

ぺこさん、喘息やアレルギーの絵本、ご紹介いただけませんか?
お子さんが、何度も読んで読んでと催促する吸入器についていた漫画(?)、とてもワクワクしてきたので、メーカーを教えていただければ、問い合わせてみようと思っています。

げんきママさん、名前の通りまわりまでぱっと明るくする元気なお母さんですね!
谷川真理さんのお母さんのお話し、私たちもずっと聞きたく思っていました。
さくらから、谷川さんに相談してみましょう。

ぽこさん、お子さん、元気に賢く成長されていてうらやましいです。
それに私たちの目指す、自立したお子さんという感じをとても受けました。
どんなお子さんだろうと興味が募るばかりです。

みなさん、ご返事ありがとうございます。
みなさんのお話しをきかせていただいて目の前がぱっと広がりました。。

私が思いはじめていることです、子供の喘息治療とは子育てそのものではないかということです。
喘息というひとつのハードルを通して、しゅんちゃんが自分の個性を見つめ、それを乗り越え、自立し、夢を追う力を持てるように導いているのではないかと。

私はしゅんちゃんの今の治療プランと生活術のバックアップがあれば、将来、喘息は寛解すると信じています。
そう思いはじめると、むしろいつ寛解するか、ということはたいした問題ではなく、喘息のその先のしゅんちゃんを見つめるようになりました。
入退院をくり返し、今日これからのことさえ考えられなかった昨年から、みなさんとのお話しのおかげで、私自身がすいぶん成長できました。

しゅんちゃんが自分の力で夢を追うようにするために、親として教えるべきことはなんだろう、どう導いたらいいのだろうと考えています。
私たちとしゅんちゃんにとって、その第一歩が目の前にある喘息なのだと思います。

私は、「喘息をコントロールする。」という言葉が大好きです。
喘息をコントロールするには、単に受け手の治療だけでは足りないと思っています。
喘息という「ハードル」自らを知り、自ら行動する必要があるからです。
それに医師というスペシャリストのパートナーの協力を得て、自ら「ハードル」を乗り越えることを学ぶことができるのです。
「喘息をコントロール」する力を持つ人は、社会に出てからの将来直面する様々な「リスクをコントロール」する力を持つことになると思います。

ただ、「喘息=ハードル=リスク」という結びつけ方よりも、さくらの「喘息=個性」という捉え方のほうが、私は好きです。
ウォーレン・バフェットというビル・ゲイツに次ぐ4兆円近い個人資産を株式投資で築いた「オマハの賢人」と呼ばれる彼がこのような意地悪な質問を受けたことがありました。
「あなたは素晴らしく知的だが、チェスの世界チャンピオンに勝つことはできますか?」
しばらく考え込んでこう答えました。
「必ず勝てることを見つけるよ。ただしチェス以外だけどね。」

喘息であろうと、なかろうと他の子供と同じように成長する必要はないのではないかと思います。
自分の中にある、喘息という個性を正しく理解してコントロールしながら、一番輝く個性を見つけてさせてあげることが大切だと思います。
その輝く個性もそれぞれ、女優だったり、ゴルフのマスターズに出場したり、アイススケートやマラソン、水泳で金メダルをとったり、時にはアジアの歌姫だったり。

エールの言葉をくださったプロゴルファーの丸山茂樹さんの言葉は心に刻まれています。
(丸山さんのエールは、本人の意向により公開できません。お読みになりたい方はこちらを参照ください。)
「私は喘息を治すためにゴルフを始めたのではありません。ゴルフが好きだからゴルフを続けているのです。」

「喘息だから…」、「アレルギーだから…」を理由にしないで、
しゅんちゃんが自分な好きなことを見つけて、自分の力で夢を追いかけられるように自立できるとき、私たちのしゅんちゃんの喘息治療、その子育てが終わるときだと思います。
その第一歩が、しゅんちゃん自身に自分の喘息を正しく知ってもらうことになるはずです。
みなさんと一緒に、子供たちの輝く将来を夢見て頑張っていきましょう!


→ 「子供に喘息のことをどう話すか? その4」へつづく
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